なぜ地上波テレビはスポーツ中継から撤退してしまうのか。

なぜ地上波テレビはスポーツ中継から撤退してしまうのか。

投稿日:2023年5月9日 更新日:2024年2月19日

スポーツビジネス関連

スポーツは長い間、テレビ放送を通じてわれわれ日本人の近い場所に存在し続けてきました。

遡れば昭和、ONコンビを中心に巨人が10連覇を達成したときから、令和の時代に56年ぶりに開催された東京五輪で多くの日本人がメダルを獲得するまで、スポーツにおける名場面は長い間、テレビを通してお茶の間で放送されてきました。

しかし、「スポーツ放送は地上波テレビで家族全員で見るもの」というかつての常識は、もはや通用しなくなっています。

その象徴としてカタールワールドカップが挙げられます。最終予選のテレビ中継はホームでの試合に限られ、本選も日本戦を中心に一部の放送にとどまりました。野球に目を移してみても、WBCは大きな盛り上がりを見せましたが、かつて行われていた地上波でのプロ野球中継は激減し、日本シリーズの放送でも低視聴率が嘆かれている状況です。また、高視聴率コンテンツだったボクシングの世界戦も放映権料の高騰から、ネット中継に移行しはじめ、2023年4月、井岡選手がABEMA PPV契約に伴い配信の形での中継が決まったことに伴い、地上波からは姿を消すことになりました。

現状、スポーツ中継は地上波テレビから「消えかけている」といっても過言ではありません。

このように、地上波各局が高騰した放映権料を払うことができず(または払うほどの広告収入を見込めず)、スポーツ放送から撤退していく中で、ABEMA TVなどの動画配信サービスが台頭し、地上波放送から撤退した各コンテンツの放映権を獲得していくケースがここ最近増えています。

当記事では、ABEMA TVを含む動画配信サービスの台頭に伴い、変化していくスポーツ放送とその是非について解説していきます。

動画配信サービスの台頭

動画配信サービスとは

動画配信サービスはOTT(Over the top)と呼ばれ、テレビやラジオのような電波による「放送」や「ケーブル」ではなく、インターネットやモバイル通信回線を通じて、パソコンやスマートフォンなどで動画を視聴できるサービスのことです。ABEMA TV、Netflix、Huluなどが当てはまるほか、民放各局が共同出資して作られたTVerもここに含まれます。

20代の8割がこれらOTTサービスの利用経験があるという調査結果も出ているなど、コロナウイルスの拡大によって家にいる時間が増えたことに伴い、主に若者の間でシェアを拡大しています。

市場規模の観点からも、OTTサービスは毎年成長を続けており、株式会社AJAの調査によると2024年には国内OTT市場規模が1兆円を超える見通しだそうです。

(出典元:株式会社AJA

5Gが普及し、テレビでのインターネット配信サービスの利用が拡大していることからも、OTTの拡大は今後ますます続いていくことは間違いないでしょう。

動画配信サービスの種類

一言でOTTといってもその種類は多岐にわたります。上のグラフでも区分けされているように、OTTの種類は収益の上げ方という観点から課金収入型広告収入型の二つに分けることができます。

・課金収入型

大まかにいえば、視聴の際にお金が必要なタイプのサービスです。地上波テレビでも、受信料を支払っているという観点ではNHKはここに分類されるでしょう。

①サブスクリプション型OTT

2019年の流行語大賞にノミネートされたことからもわかるように、ここ数年で一気にサブスクリプション(通称サブスク)という単語は一気に日本人の中で広がりました。ここでいうサブスクリプション型とは、一定期間(月ごとなど)ごとに決まった額を払うことで、サービス内のコンテンツをすべて利用できるタイプのサービスを指します。具体的には以下のサービスなどが当てはまります。

  • Netflix
  • Amazon Prime Video
  • DAZN
  • SPOTV NOW
  • U-NEXT

スポーツコンテンツだと、先日行われたWBCの日本戦全試合や、那須川天心・井上尚弥といったボクシングのスター選手の試合がAmazon Prime Videoで生放送されました。DAZNやSPOTV NOWはスポーツファンからはおなじみだと思いますが、プロ野球やサッカーの試合のライブ/オンデマンド配信を行うサービスです。

②都度課金型OTT

都度課金型OTTは視聴したいコンテンツ・作品一つ一つに課金するタイプのサービスを指し、アーティストのライブなど単体のイベントを中継する際に用いられる形式です。

スポーツ放送だと、格闘技コンテンツがPPV(ペイ・パー・ビュー)放送の形で都度課金型を採用しているケースが多いです。代表的なケースとしては、昨年6月の武尊vs天心をメインに据えた「THE MATCH」では、ABEMA独占生中継の形でPPV形式での放送が行われ、PPV売り上げのみで27億円(約50万人×5500円)を記録する一大興行となりました。その他に総合格闘技イベントの「RIZIN」も、ABEMAやU-NEXTでPPV配信を行っています。

・広告収入型

従来のテレビのように、放送の合間に流すCMなどスポンサー料を頼りに放送をするタイプのOTTも存在します。

③無料広告型OTT

無料広告型OTTは①、②の有料型OTTとは異なり、無料で利用可能なサ-ビスです。その一方で、有料型OTTには登場しない他社の広告が放送の合間に流れます。分類としては、地上波放送も無料広告型だといえるでしょう。以下のサービスなどが該当します。

  • ABEMA TV
  • Hulu
  • TVer

正確には、これら①②③の放送形式をハイブリッドに使い分けているサービスが多いです。(ABEMA TVなど)

また、スポーツ業界の中ではこれら動画配信サービスに委託するだけでなく、自前でOTTサービスを整備し配信するケースも多数存在します。

例えば、パリーグ6球団の共同出資会社が運営するパリーグTVでは月額料金を支払うと公式戦のライブ配信、特集動画、ニュースなどが視聴可能です。ほか、バレーボールVリーグや、六大学野球などが自前のOTTシステムにて映像配信を行っています。

地上波におけるスポーツ中継の減少

ここまでOTTの種類について紹介してきましたが、なぜこれら動画配信サービスがスポーツ放送において勢力を拡大し、地上波放送が衰退してしまったのでしょうか。主な理由としてここでは3つ紹介させていただきます。

①放映権料の高騰

この20年でスポーツ全般の放映権料は大きく値上がりしました。地上波テレビ局以外の買い手(OTTなど)が新たに表れ需要が増加したこと、スポーツ業界が発展し選手の給料が増えたこと、それぞれの興行のスケールが大きくなったのに伴い支出が増えていることなどが放映権料の高騰につながっています。

テレビ側からすると、

「視聴率がどのくらいとれるかもわからないスポーツ中継にそこまでの予算はかけられない...」

というのが正直なところでしょう。

サッカーを具体例を挙げると、ワールドカップが初めて地上波で中継されるようになったのが1970年のメキシコ大会で、その時の放映権料は8000万円(推定)でした。対して、先日行われたカタールワールドカップの放映権料は350億円を超えたともいわれており、ものすごい高騰ぶりです。

放映権料の高騰への対策として、テレビ局は2002年に行われた日韓ワールドカップからNHKと民放の作る共同製作機構であるJCが電通を通してFIFAから放映権を購入し、テレビ局共同で放映権料を負担する仕組みを新たに採用しました。

しかし、カタール大会はそれでも放映権料を払いきれず、民放三局がJCから撤退するなど契約が難航していましたが、ABEMAの親会社であるサイバーエージェントがゲーム資金で得た資金を投入し何とか契約を結ぶことができました。

②広告形態の変化

極論ですが、いくら放映権料が高騰しようと、スポンサー企業からの広告料がそれに伴って増加するのであれば、テレビ局側からすると何の問題もないはずです。しかし、現実はそううまくいきません。コロナ禍を経てオンライン化が進む現代において、そもそも広告の形態そのものが変わってきているのです。

株式会社電通の調査によると、2021年に、インターネットの広告費がテレビなどマスコミ4媒体広告費を上回りました。下図はここ10年のインターネット広告費とマスコミ広告費を比較したものです。インターネット広告がここ10年で大きく伸びているのに対しマスコミ広告費は減少傾向なことがわかります。

つまり、テレビ局側からすると放映権料が高騰しているにもかかわらず、広告収入の大幅な増加は見込めないため、スポーツ放送からは撤退せざるを得ないというわけです。

逆に、OTTサービスを運営する各社はインターネット広告の増加を将来的にも見込めるため、将来への投資という観点からも地上波テレビ局に比べて多少の赤字覚悟で大きな額をスポーツ中継のために使えるというわけです。

③中継そのものの違い

OTTサービスにおける配信はその性質上どうしても地上波放送に比べると視聴者数は見込めません。逆に、有料放送にもかかわらず見ているユーザーはいわゆる「コアファン」と分類できます。そのため、OTTサービスを運営する各社は、競技のよりマニアックな情報などマニア向けの配信内容に特化した放送をすることで、コアファンからの支持を得ることを重視します。

また、そのようなファンは、仮に地上波放送があったとしても、競技をそこまで知らないであろうアイドルのコメントなど大衆向けになりがちな地上波放送よりも、マニア向け放送を展開する有料放送に流れがちです。視聴率を取らなければならない地上波テレビ局としては仕方のないことではありますが、このような放送内容の差も有料放送へのユーザーのシフトにつながっているといえるのではないでしょうか。

スポーツ中継の有料化はスポーツ発展につながるのか

ここまでスポーツ中継が地上波の手を離れ、各OTTサービスに移っていると解説してきました。この移行は、一見するとただの市場原理であり、自由競争の原理から考えれば問題ないと考える方もいるかもしれません。

ただ、この流れがスポーツの発展にそのまま繋がるかと言われると、必ずしもそうは言えないのです。ここからはスポーツ中継の有料化によって発生する可能性のある事案について解説します。

スポーツの放送有料化におけるデメリット

プロ野球で巨人のファンが圧倒的に多いのは、近くに球場がない田舎の人でも地上波中継で巨人の選手の姿を生で見れたことが大きいといいます。このように、スポーツを好きになるきっかけとして、「たまたま地上波のテレビでやっていたから」という人はとても多いでしょう。

一方で、たまたまDAZNを見て、たまたま課金して見るという人はごくまれでしょう。

課金型のOTTはスポンサーや視聴率に頼らなくても一定の収益を確保できる一方で、新規顧客の獲得という面では地上波放送に劣ります。

また、マイナースポーツはそもそも地上波では中継してもらえないからこそ有料放送に頼らざるを得ない部分もありますが、それも含めて新規顧客、いわばライト層にとって、いきなりスポーツ中継にお金を払うのはかなりハードルが高いといえます。

要するに、地上波放送が失われたことで、「たまたまそのスポーツを見たことで好きになった」ような新規顧客の数は激減するのです。

新規顧客が減少すると、いくら有料中継が優れており、コア層の満足度が高いといっても全体の顧客の数は年を追うごとに減少していいきます。するといくら放映権料で儲けたとしても、来場者数の増加は見込めなくなってしまい、一時的な儲けと引き換えにスポーツ人気そのものは衰退していってしまいます。

つまり、放映権料の増加に伴うスポーツ中継の有料放送への完全な移行は、地上波テレビ中継が持つ新規顧客への影響力という強みを失うことで、「スポーツの発展」という観点から考えるとむしろマイナスになってしまう可能性があるということです。

この一年でワールドカップやWBCなどスポーツの国際大会は大きな盛り上がりを見せました。また、かつてはサッカー女子ワールドカップやラグビーワールドカップなど、国際大会をきっかけに大きなブームが巻き起こった例は多々あります。

ただ、もしもそれら国際大会の中継が地上波放送で行われず、OTTによる独占配信にとどまった場合、そこまで大きな熱狂を生むことは果たしてできたのでしょうか。

カタールワールドカップの中継に関しても、最終的にABEMAが放映権料の支払いの多くを負担したことで何とか無料中継(ABEMAはOTTの一つだが、今大会は全試合無料中継の形式を採用)が行われました。

藤田社長が語るように、ABEMAによるワールドカップ無料放送は、短期的な収益ではなく将来のユーザー獲得に向けての投資という側面も大きいと思いますが、ABEMAのワールドカップ中継収支そのものは数十億の赤字を算出しています。将来的にも世界的なスポーツイベントの中継を全てABEMAのみに頼るのは現実的ではないでしょう。

「ユニバーサルアクセス権」とは

放映権料の高騰によるスポーツ中継のOTTへの移行化は、もちろん日本だけでなく海外でも発生しています。

そこで、おもにヨーロッパでは「ユニバーサル・アクセス権」考え方が存在します。「ユニバーサル・アクセス権」とは、誰もが自由に情報に接することができる権利のことで、テレビ中継でいえば「スポーツは公共財」という考えのもと、人気の高いスポーツイベントにおける有料放送の独占配信を規制する動きのことです。要するに、スポーツ中継のOTTへの完全移行を法的に阻止しようという試みです。

イギリスでは1990年代にユニバーサル・アクセス権をルール化し、政府の指定するスポーツイベントは無料放送が義務化されるようになり、放映権料の一部は税金で負担する仕組みが作られました。日本で導入する場合、義務化の対象となるスポーツの範囲をどこまで拡張するかなど議論すべき余地はありますが、一考の価値はあるでしょう。

ワールドカップやWBCなど、諸スポーツの世界大会は新規ファン獲得に向けて大きなチャンスです。このような法的規制を含めて、日本のスポーツ中継は完全にOTTに移行するのか、それとも地上波放送は残り続けるのか、今後どのような動きを見せていくかに注目です。

追記:アジアカップもDAZN独占配信が決定

2024年に開催されるサッカーアジアカップも地上波放送は一部にとどまり、日本代表の試合をすべて見るためにはDAZN加入が必須になるそうです。筆者の中でアジアカップといえば、李忠成選手のボレーシュート(2011年アジアカップ決勝)で、学校でよく友人と真似をしたのを覚えています。しかし、DAZN独占配信の現状、当時ほどのアジアカップに対する盛り上がりはないように感じます。

もちろん、日本代表が勝ち進むにつれて盛り上がりは増していくでしょう。ただ値上げを発表し月額4200円という決して安くはないOTTへの加入を渋る声は多く存在します。アジアカップのような大舞台での選手の活躍を見てスポーツを始め、日本代表で活躍するといった子供の数が減ってしまう可能性がある現状については、今後のスポーツ界発展のためにも国家レベルで議論されていく必要があるのではないでしょうか。

まとめ

いかがだったでしょうか。

当記事ではOTTサービスの発展とスポーツ中継における有料放送化の懸念点について解説しました。

当記事を読んでいただいた方の中で、自分もスポーツ業界に入ってスポーツの発展に寄与したい!と考えるかたがいらっしゃいましたら、是非当サイトのスポーツインターン募集や、コラム等も読んでいただけると幸いです。

〈参考記事〉

地上波から消えるスポーツイベント、法規制の必要性も(産経新聞)

OTT(オーバー・ザ・トップ)とは?動画は次の時代へ!映像業界収益の28.1%まで成長するOTT市場の解説(otonal)

AJA、国内OTT市場調査を発表 2021年の国内OTT市場は7,151億円、動画広告がけん引し2025年には1兆1,910億円に成長(サイバーエージェント)

放映権高騰、コロナ禍でチケット収益減少…スポーツ中継が地上波からネット配信へ主役交代の理由(スポーツ報知)

 

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