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【謎】日本ハムファイターズの本拠地移転はなぜ起こったのか。
2004年から19年間本拠地として使用していた札幌ドームに別れを告げ、2023年から本拠地を北広島市にあるエスコンフィールドに移した北海道日本ハムファイターズ。その移転騒動の裏側には野球に限らない、日本スポーツ界共通の問題がいくつも存在していました。当連載記事は、3回に分けて移転問題の背景から日本スポーツ界の未来まで幅広く考えるコラム記事です。
(全3回の#2)
第1回コラムにて、日本ハムを除く11球団の本拠地と球団の関係について詳しく解説しました。記事の後半では近年本拠地の運営方法が変わった球団として巨人とDeNAを上げましたが、今回はいよいよ今回コラムのメインテーマである日本ハムの本拠地移転問題についてです。
当記事、第2回コラムでは日本ハムと札幌ドームの関係はどのようなものであったのか、2004年に移転後、県庁所在地である札幌を中心に北海道民に受け入れられていたはずの日本ハムはなぜ本拠地移転を決断するにまで至ったのかなど、日本ハムファイターズの本拠地移転問題に焦点を当てて深堀していきます。
日本ハムファイターズと札幌ドームの歴史
まずは日本ハム球団と札幌ドームの歩んできた歴史について紹介します。
1973年 日本ハム球団誕生
徳島県で創立され、大阪市に本社を構えていた日本ハムは日拓ホームから球団の経営権を買い取り、球団名を新たに「日本ハムファイターズ」とし、本拠地を前身同様後楽園球場に置きました。
1987年 本拠地移転
後楽園球場の閉鎖に伴い、本拠地を新たに建設された東京ドームに移転することを発表。移転初年度は年間240万人の観客動員を達成するなど人気を集めました。しかし、人気球団巨人も同様に東京ドームを本拠地としたこともあってか、観客動員数は年々減少していきます。
1993年~2001年 新球場「札幌ドーム」建設
日韓ワールドカップの開催に伴い、札幌市はワールドカップの試合開催を誘致しようと、新球場「札幌ドーム」の建設に着手。サッカー専用スタジアムの形ではなく、将来的なプロ野球球団招致を前提とした野球とサッカーなどの多目的のドームスタジアムとして建設が開始されました。1998年に工事が始まり、2001年5月に完成。札幌市と民間企業が出資する形で誕生した第3セクター、株式会社札幌ドームが運営管理を行うことになりました。
2002年 本拠地移転正式決定
かつては200万人を超えていた年間の観客動員数も130万人台に落ち込んだこともあってか、赤字経営が悪化。そこで、本来の目的であるプロ野球球団誘致に動いていた北海道札幌市に本拠地を移す構想が浮上し、北海道新聞でトップ記事に。
北海道の準本拠化を狙っていた西武との交渉に成功し、2004年からの正式な移転が決定しました。
2004年~ 「北海道」日本ハムファイターズ誕生
この年から正式に本拠地を札幌ドームに移し、球団名も「北海道日本ハムファイターズ」に。また同時に、現監督でもある新庄剛志をニューヨークメッツから獲得、オフにはドラフト会議で東北高校のダルビッシュ有を指名するなどスター選手の獲得に成功しました。いち早く地元密着を掲げてファンサービスに取り組んだファイターズは、いつしか球界再編で揺れ、人気低迷が嘆かれていたパリーグの主役的存在になっていきます。
新庄の現役ラストイヤーとなった2006年には日本シリーズで中日を破り44年ぶり、日本ハム球団としては史上初の日本一に輝きました。札幌ドームを本拠地とした19年間で4度のリーグ優勝、2度の日本一に輝くなど球団として目覚ましい数字を残しただけでなく、観客動員数も東京時代に比べて爆発的に増加しました。
特に、二刀流大谷翔平の活躍もあり、リーグ優勝と日本一を達成した2016年には北海道移転後初の観客動員200万人を達成。ファイターズの札幌ドーム移転は大成功なはずでした・・・。
ところが時を同じくして2016年5月、日本ハムの本拠地移転、新球場設立構想が報道されました。
いったい何が理由なのでしょうか。
埋まらなかった札幌市と球団の「溝」
観客動員は右肩上がりに上昇し、一見大成功なはずだった札幌ドーム移転。しかし20年足らずで再び本拠地移転を球団が決めた理由は、前回記事で詳しく説明した球場と球団の複雑な関係でした。(まだ読んでいない方はそちらからご覧ください)
前回、球場と球団の関係は主に「自前型」、「賃貸型」、「公設民営型」の三種類あると説明しました。札幌ドームとファイターズの場合の関係は「賃貸型」に分類されます。
上でも触れましたが、札幌ドームの運営管理者は第三セクター「株式会社札幌ドーム」であり、実質的には札幌市が運営管理を行っています。そのため、ファイターズの北海道移転に伴い札幌市と球団は賃貸契約を結ぶことになるのですが、その契約内容はかなり札幌市よりのものでした。
札幌市とファイターズの契約内容
- 年間約13~14億円のスタジアム使用料(1日当たり831万円、観客動員が2万人を超えた日は1人当たり415円が追加)
- チーム・選手のグッズ収入約3割は札幌ドームに徴収
- スタジアム内の広告料金は札幌ドームに入り、球団は広告料を支払わなければならない。
- ドーム内の飲食に関しても札幌ドームが管理しており、親会社関連の飲食店は設置されず
- 野球以外のイベント開催時には、人工芝及び球団設備の撤去費用を球団が負担
これら球団がドームに支払う金額の合計は26億円を超えているとされ、選手の総年俸(優勝した2016年は27.1億円)に匹敵する額となっています。
球団は2006年ごろから負担軽減を目的に、使用料の値下げを訴えてきましたが札幌市との交渉は決裂。前回記事で取り上げた、広島・ロッテ・楽天などが採用している球場運営を民間会社にゆだねる指定管理者制度の採用や、札幌ドームを野球専用のスタジアムにし、5年、10年単位でドームと契約するフランチャイズ契約の打診も行いましたが、これもうまくいきませんでした。
また金銭面以外でも、芝が薄く選手への負担が多いことから一部では「殺ド」と揶揄される人工芝の張替えや球場内施設の改修についても、球団からの提案を札幌ドーム側は受け入れることはありませんでした。
ここまで両者の話し合いがまとまらなかった理由としては、
- 札幌ドームの収益性の高さ
- 第三セクター「株式会社札幌ドーム」の性質
の二つが挙げられます。
札幌ドームの収益性
ご覧いただければ分かるように、札幌ドームは開場以来一部年度を除き黒字経営を続けています。特にファイターズ本拠地移転後の2004年から経営規模が拡大していることがわかります。
毎年安定した黒字を算出する札幌ドームは札幌市にとって貴重な財源であり、現状維持を是とする札幌市は契約内容の変更や莫大なコストがかかる球場改修には及び腰になってしまいます。
また、札幌ドームと球団の契約は単年更新であったことから、長期的な視野を持ち球団と球場の一体化を目指した球団側と、このままの黒字を維持したい札幌市の間には大きな隔たりが生まれていました。
札幌市側からすると、多少球団の足元を見た契約内容でも、札幌ドームから球団が撤退することはないだろうという考えが多少なりともあったことは否定できません。
第三セクター「株式会社札幌ドーム」の性質
株式会社札幌ドームは札幌市役員の貴重な天下り先でした。そのため、運営権や管理権を日ハムに譲渡することは、貴重な天下り先をを潰すような行為に等しいわけです。また、第三セクターの出資民間企業には地元メディアも多く参加していたこともあり、これら札幌市と球団間の対立は、本拠地移転正式発表までそれほど明るみには出ていませんでした。
もちろん、かつてのホークスやバファローズのように、超高額なお金をかけて球場そのものを買い取ることに成功した例もあります。しかし、上記の契約内容による負担から、決してお金持ちとは言えない日本ハム球団が自力で球場を買収するのは現実的ではありませんでした。
新球場建設~札幌市から北広島市へ~
2016年5月に新球場構想が表面化して以降、翌月にはボールパーク化構想に共感した、札幌市の隣に位置する北広島市が立候補。
事態を重く見た札幌市はファイターズにフランチャイズ契約の打診を行いましたが失敗。新球場建設候補地として道立産業共進会場と北海道大学構内の2点を提案するも、球団が求める20ヘクタールの敷地面積に満たないことなどから球団側に断られてしまいました。
最終的な新球場候補地は札幌市が新たに提案した真駒内公園と、北広島市のきたひろしま総合運動公園の二か所に絞られました。
それぞれの懸念点としては、真駒内公園は交通混雑や球場開発に伴う環境破壊が懸念され住民の一部で反対運動がおこっていた点、きたひろしま総合運動公園は最寄駅から1.5km離れていたりと交通の利便性が悪い点などが挙げられました。
最終的に、北広島市が
- JR北海道に新駅の開設と列車の本数を増便するよう要請
- 土地の無償貸与
- 固定資産税・都市計画税の10年減免
など手厚い行政支援を約束したこともあり、球団は新球場を北広島市に作ることを2018年に正式発表。球場周辺にはホテル、レストラン、ショッピングモール、レジャー施設などが建設されるなど、球場を中心とした一つの町であるボールパーク化計画がついに実現。
そして球場開設の3年前にあたる2020年には、東証1部上場企業である「日本エスコン」とネーミングライツ権史上最高額とされる10年50億円のネーミングライツ権契約を締結。球場の正式名称は「エスコンフィールド北海道」と正式決定されました。
エスコンフィールドの特徴
周辺施設を含めると、総工費600億円をかけて工事が行われたエスコンフィールド。新球場の収容人数は3万5千人と前球場に比べて劣りますが、前球場と比べてどのような点で優れているのでしょうか。
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球場のボールパーク化
札幌ドームは上で触れたように、日韓ワールドカップの開催を目指して作られたスタジアムであったこともあり、サッカーと野球の兼用スタジアムという形でした。そのため、野球観戦においてはスタンドからの見づらさや階段の多さなどが指摘されていた一方で、球場は札幌市の持ち物であったため改修は難しい状態でした。
エスコンフィールドは野球専用球場であるため野球観戦に特化した座席構造になったほか、球場周辺にはさまざまな複合施設が建設されました。
レフトスタンドとライトスタンドには超大型ビジョンが設置され、屋根付き球場ながらグラウンドには天然芝を敷き詰める超近代的な球場に。グラウンドとの距離も改善され、ブルペンも観客席から望めるようになりました。
また、ボールパーク化に伴い、温泉につかりながらの野球観戦なども可能になります。「野球を見るために球場に行く」というスタイルから「エスコンに行くついでに野球を見る」といったスタンスに代わるのもそう遠くない未来の話かもしれません。
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スタジアム内の飲食店・グッズ収入の増加
球団と球場の一括経営を達成したことで、スタジアム内のグッズや飲食店の売り上げ収入がそのまま球団に入るようになります。加えて、スタジアム内店舗の一括管理が可能になったことから、食品メーカーである親会社のオリジナル製品なども販売できるようになりました。
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広告収入の増加
札幌ドームとファイターズとの契約の際にも触れましたが、球場内広告に関して球団は一切関与できない状態でした。新球場では全額親会社に帰属することから広告収入の増加を見込めます。
また、札幌ドーム時代には実現しなかったネーミングライツ契約など諸広告に関する権利も球団側が管理していますので、看板以外の広告料という形での収入増加も狙えるでしょう。
ここまで新球場エスコンフィールド建設に至るまでの歴史と新球場の特徴について解説しました。
エスコンフィールドの規模感は是非球場で味わってみたいものである一方で、このような民間主導の専用スタジアム建設を他スポーツでも行うには様々な障壁がありました。ここからは次回記事で扱うことにします。